プロフィール(Chieya)

はじめまして、Chieya(ちえや)です。

守護霊と話すソウルヒーラー』として、「あなたを生きる」お手伝いをしています🌸

もくじ

Chieyaってどんな人?

私の経歴をざっくりまとめますね。

私は長崎県の五島列島出身です。

20代
看護師として東京の医療現場で働いていました。
精神科病棟の勤務経験もあります
大学で心理学も学び、精神世界を医学として向き合いました。
基本的に、マジメちゃんなんですね。

30代
30歳からはじまった親の介護(認知症)で、人生が真っ暗闇に。
五島列島と東京を往復する遠距離介護は17年続きました。
身も心もボロボロな日々・・・。
マジメなので全部引き受けてしまうんですね。

<40代>
長年の過酷なストレスのせいか、乳がん発症、そして、腹膜炎の大手術
死を意識したり、医師に「普通の生活は難しいかも」と宣告されたり・・・。
まさに、人生のどん底を味わいました。
「こんなにマジメに生きてきたのになぜ?」
泣いちゃいますよね。

そんな私が・・・まさかの大逆転!

<50代> 現在
これまでの人生で、今がいちばん健康で幸せです♪
感謝の気持ちで両親を看取ることができ、後悔は1ミリもありませんo(^▽^)o

なんという、波乱万丈な人生。
いったいなにがあったのか?

その鍵は、スピリチュアルにありました。

私がこの仕事をしている理由

実は私は、幼少期から少しサイキックな子供でした。

ですが、中学生で自らその能力を閉じたという経緯があります。
(コントロールできなくなり、怖くなって閉じた)

それでも、

数々の人生のピンチを救ってくれたのは、いつも「目に見えない力」でした。

「大丈夫」という一筋の光に導かれて、ここまで生き延びてきたんですね。

わりと早い段階で、宇宙根源の源と繋がる感覚をもてたことも、幸運でした。

こんなふうに、ギリギリを生き延びた私だからこそ、言える真実があるんです。

それは、

「もともとの魂で生きていれば、人は本来、元気でいられる」

ということです。

「もっと早くに気が付きたかった〜」と今なら思いますが、遠回りをしたからこそ見える景色もあるのでしょう。

これこそが、私が自分の人生で証明してきた真実です。

だから、あなたに伝えたいのです。

『あなたも、きっと大丈夫!』

私は今、『リーディング』と『ヒーリング』のお仕事をさせていただいています。

どちらも目に見えない世界ですが、

医学•心理学の知識と、スピリチュアルな感性、そして、自分自身のリアルな実体験。

このすべてがあるからこそ、

🔮 言葉で気づきをお伝えする(リーディング)
💎 エネルギーで直接癒す(ヒーリング)
自分で変わる力を育む(セルフ覚醒講座)

この3つを、自信をもってお届けできるのだと思います。

私の人生の前半を埋め尽くした壮絶な体験。

そのすべては、今に至るための貴重な経験だった。

今なら、そう言えます。

これが、私が今この仕事をしている理由です。

こんな方のお手伝いをしています

  • なんとなく生きづらさを感じている
  • 本来の自分に戻りたい
  • 人生をもっと軽やかにしたい
  • 介護や病気など、人生の重荷を抱えている
  • スピリチュアルに興味があるけど、怪しくない人に相談したい

怪しくない人、これ、重要ですよね。

『怪しくない』には、めちゃ自信あります♪

だって、マジメすぎて死にそうになったくらいですから(笑)

安心してお越しくださいませm(_ _)m

資格・経歴

<スピリチュアル>

  • パワーストーン・守護霊チャネラー(TRG認定)
  • パワーストーン・ソウルヒーラー(TRG認定)
  • パワーストーン・エンジェルリーダー(TRG認定)

<医療・福祉>

  • 正看護師(内科・精神科の臨床経験あり)

<その他>

  • ケアマネージャー(資格保有)
  • 認定心理士(資格保有)
  • 遠距離介護サポート起業(現在休止中)

自己紹介動画

私のストーリーをアニメ動画でも語っています(約7分)
声は本人です😊
ぜひご覧ください♡

✨ 動画を見る(YouTube)

ご視聴ありがとうございます♡

Chieya

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幼少期からサイキック体質だった私

生後8ヶ月で2階の窓から地面に落下!6メートル先で発見された不思議

長崎の離島で生まれた私は、生後6ヶ月頃の新月の夜、自宅の2階から外へ落下しました。
母が目を離したすきに、赤ん坊の私は猛スピードで窓に向かってハイハイして、そのまま真っ暗な夜空に消えていったそうです。

落ちていく赤ん坊の後ろ姿を目撃した母は、相当なショックだったでしょうね・・・。

そして、落ちた場所からに泣き声がすることもなく「シーン」と静まり返った夜の静寂。

母は「即死した・・・」と思ったのだとか。

謎なのはここからです。
慌てふためいた両親が大急ぎで外にでて落下付近を探しますが、私の姿は見当たらず。

ようやく発見したのは6〜7メートル離れた田んぼの中でした。

真っ暗な闇夜を懐中電灯で照らすと、水をはった田んぼの中に、赤ん坊の私が「ちょこん」と座っていたそうです。

普通に落下したら庭先のコンクリートに激突だったはずなのに、敷地の塀を飛び越え、さらにその向こうの田んぼに落ちていたのですから、不思議ですよね。
距離がありすぎです(笑)


母が抱き上げると、私はやっと泣き出して、口から血をペッと吐いたそうです。
この時も母は「内臓がやられているのかも。これはやばい」と思ったのだとか。

病院で診てもらったところ、血を吐いたのは口の中が少し切れていたせいで、それ以外は、骨折もなく無事でした。

2階から落ちたのに目立った外傷もなし。

そして、どういうわけか、ずいぶん離れた柔らかな水田で発見されるという不思議。

あのとき命を救ってくれたのは、私を守ってくれるガイド(=守護霊)だったのでしょうか。

余談ですが、あの日、一本の物干し竿が軒下に置いてあったそうで、その竿にバウンドして遠くに跳ね飛ばされたのでは?という説もあります。

真実はいまだに不明ですが、こうして生き延びられた奇跡に感謝です。

実はサイキックだった幼少期

謎のフォースに命を救われた私ですが、幼少期はとにかく病弱な子供でした。

小児喘息で、アレルギーで、痩せっぽちで食が細く、しょっちゅう高熱をだして寝込んでいる。

少しの煙で喘息発作をおこすので、夏に庭先で花火もできず、窓ガラス越しでみていました。

今にして思えば、物理的な肉体が地球に馴染めていなかったのかもしれません。

見えないものが見える

少し成長すると、自分が普通に見たり感じたりしているものは、「他の人には見えていない」ということに気が付きます。

  • 眠りにつくときは必ずグルグルと回る渦の中に吸い込まれていく
    (時にはその渦をグルグル回す役目をしている)
  • 池のそばに立つと、浦島太郎みたいな人や巨大な亀が空中を泳ぎ回る
  • 空っぽの水槽なのに魚が泳ぎ回る

幼い私は、日常的に不思議な世界に包まれていました。

突然、見知らぬ異空間に降り立つ恐怖

そんな不思議な世界と共存していた私ですが、とりわけ困ったのは、突如として異空間に降り立ってしまうことです。

道に迷うというレベルではなく、いま自分がいる空間ごと「ゴロン」と異空間に切り替わってしまう感じ。

知らない時代の知らない街に突然とり残されるのですから、小さな子供としては恐怖ですよね。

「ここどこ?おうちに帰れない・・・」と。

そのトラウマからか、私は今でも極度の方向音痴です(笑)

そんな風に、いろんな不思議に遭遇する毎日でしたが、なぜか、

「自分が見ているものを、他人に言ってはいけない。」

誰からも教えらていないのに、なぜかそう悟っていました。

10代で自らサイキック能力を閉じた理由

母が霊媒体質だった!

そんな私のサイキックは、どうやら母方からきているようです。

私の母は根っからの霊媒体質で、さまざまな霊に頼られ憑依されていました。

時にはご先祖様だったり、蛇や動物だったり・・・。

母は、憑依されて体調が悪くなるたびに村の霊媒師さんのところへ行ってお祓いしてもらいます。

幼い私も一緒に連れて行かれるわけですが、

線香を上げ、謎の呪文を唱え、憑依しているものの正体をあばき、お祓いの対処法を伝授する霊媒師さんを、子供の私は日常の出来事として眺めていました。

ニョロニョロと蛇になってしまう母の様子をみて「うわぁ、ほんとうに蛇が取り憑いててお母さんかわいそう」と思う一方、

霊媒師さんの存在は冷静に受け入れる。

まぁまぁ特殊な環境ですよね。

そんな環境で育ったせいか「目に見えない存在は人間と共存している」というのは、私の「あたりまえ」でした。

とはいえ、子供の私の心には、しだいに霊に対するネガティブなイメージが強化されていきました。

母はなにも悪くないのに(いや、むしろ善人)、霊に憑依されて具合が悪くなり、除霊のために貧しい財布からお金を支払う。

なんでこんな目に遭わなくてはいけないの?と思いますよね。

中学生でサイキック力が増してしまい・・・

中学生になった私は、さらに霊感や直感が強まってサイキック力が増していきました。

家の玄関には、知らないおじさんが3人座っていて(もちろん霊です)、2階の自分の部屋にもおじさんがいる。
(なぜかおじさんばかり 笑)

おじさん達はとくに悪さをするわけでもなく「ただそこにいる」だけなのですが、多感な中学生女子がおじさんと同部屋はキツいですよね。

かといって、邪険に追い払う勇気もなく・・・。

そんな私がとった行動は、「自分の意識で作った白い大きなバルーンの中で過ごす」でした。

ですが、

そんな小手先の対処法ですむはずもなく、だんだんと困ったことが増えていきます。

このままでは普通の生活ができない

中学時代は、朝礼で倒れることが多かったです。

全員で校歌を歌うとそれがトリガーになって体育館が、古代の風景に一変します。

一面が葦原になって、遠くを見渡すと丘の上にはヤマトタケルみたいな人がいて・・・。

それを眺めているうちに、私はす〜っと気を失ってしまう。

授業中も大変です。

少し先の未来が見えてしまうせいで、先生に当てられても、今起こっていることなのか、未来の出来事なのか、リアル現実との判別がつかなくてどう返答してよいのかわからない。

「〇〇ちゃんが答えを間違って、それに対してみんなで笑う」

先取りしてイメージが見えてしまい、それが頻繁に起こるので、なにがなんだか収集がつかないわけです。

精神安定剤が処方されて・・・

そんな日々を過ごすうちに、学校から「病院受診してください」といわれる羽目に。

「見えないものが見える」件はヒミツにしていたのですが、頻繁に倒れるので「何かオカシイ」と思われたのでしょうね。

そして病院で検査をうけたら、なんと精神安定剤が処方されてしまいました・・・。

中学生の私は、「このままでは、普通の人生を送れないな・・・」と、安定剤をじっと見つめて真剣に悩みました。

私はこのまま精神病になってしまうのだろうか・・・?

そんな未来を想像すると、もう、恐怖でしかありませんでた。

そして、「サイキック能力を閉じる!」決意したのです。

自らサイキック能力を閉じた?

決意したら、即実行です。

カメラのレンズを絞るイメージで、とにかくギューっと閉じるのです。

意識を全集中して「ぎゅ〜っ」と。

もう全力でやりました。

サイキックを手放すとどうなるのか?の不安よりも、普通の人生を歩めない恐怖のほうが上回っていました。

そして、気がつくと、いつのまにか「見えなく」なっていったのです。

インターネットのない時代。

「どうやれば見えなくなるのか?」誰にも相談するわけでもなく実行できたのは不思議ですね。

きっと私のスピリットガイドが教えてくれていたのかもしれません。

こうして、私は、「普通の明るい女子中学生」になることができたのです。

ピンチの時に助かる奇跡

サイキックとサヨナラしてからの私は、本当にごく普通の女の子になりました。

そうして、高校を卒業し、東京の学校に進学するわけですが、サイキックを閉じたせいで「見えなく」なったとはいえ、直感は残っていました。

その不思議な直感やガイドさんに助けられたエピソードや、摩訶不思議なエピソードはその後の人生にもいくつもあります。

例えば、

  • ペルーの遺跡を見たら視力が突然良くなった
    (視力が0.2から1.5になった)
  • 旅行に行っていたおかげで地下鉄サリン事件に巻き込まれなかった
  • 大病から奇跡的な回復をする

謎ですよね。

中学生でサイキックを閉じて以来「その扉は2度と開けない」と固く誓った私ですが、見えない力に助けられていることはずっと感じていました。

親介護の30代は人生どん底だった

リアル現実では、30代は真っ暗闇のどん底でした。

私が30歳の時に母が認知症になってしまい、東京の仕事を抱えながら九州に通う遠距離介護の日々です。

介護のために、時間もお金も自分の人生も消費し尽くし、空っぽで抜け殻の日々。

介護はいつ終わるのかわからない。結婚もできない。

もう、なんのために生きているのかわからない。

でも、弱音を吐けない。私が頑張らなくちゃいけない。人生真っ暗闇です。

そんな時、力を貸してくれたのはいつも「目に見えない力」であり、それを言葉で伝えてくれる霊能者だったのです。

自分では「霊の扉は開けない」けど、霊能者の口を借りるのならオッケーと思っていたわけですね。

また、その当時にベストセラーだった「神との対話」という本を読んで、人生でおこることは単に「経験」なんだ、と思えたことも救いになりました。

振り返れば、「目に見えない力」のおかげで、どんな暗闇にいても一筋の光を信じて来れたと思います。

ともあれ、30代はどん底すぎました。

※私は神社巡りは好きですが特定の宗教があるわけではありません。ご心配なくm(_ _)m

乳がん&重症腹膜炎!もう普通の生活はできない?!

長年の過酷なストレスは、地味に身体の細胞を蝕むのですね。

40代半ばで、突然の乳がん宣告。

MRIの画像をみた時「あぁ、余命1年くらいかな・・・」って思いました。

まさに、人生のどん底ですよね(^^)

幸いにも、手術でがんは取り切れたので、私は今も元気です♪

乳がんが一段落したら、こんどは腹膜炎という新たな病がやってきました。

またもや大手術。

手術のあとに「普通の生活は、ちょっと難しいかもですね・・・」と医師に言われて、再び撃沈。

でも、

ケロッと回復したんですよ。

しかも、大量の腸を切り取ったせいか、長年の便秘が解消されて、すっきり快適です(笑)

気がつけば、人生でいちばん健康体に生まれかわりました。

時を経て守護霊チャネラー&ヒーラーになるまで

50代、起業したらコロナがやってきた!

時間はいっきに飛びますが、紆余曲折の30代40代を経て、50代になった私は、ようやく介護から解放されました。

そして、自由になった時間を利用して遠距離介護サポートの仕事を個人起業しました。

自分が介護で苦労したので、その経験を活かしたいと思ったのです。

そこにやってきたのが、コロナ禍です。

仕事がやっと起動に乗りかけて、さぁこれからという時にです。

家族でもない私が高齢者と接触することに制約が増え、事業を自粛していきました。

そんな中でも、続けていたのがオンラインの介護相談です。

相談者の悩みは様々なのですが、悩みの根本は介護方法やノウハウではなく、もっと深い家族関係であることが殆どです。

相談者の心はノウハウでは癒されませんが、ハートに降りてきた言葉でなら相談者を笑顔にすることができるんだな、と実感していきました。

うっすらと、自分のやるべき道を感じていました。

ネットの副業をやってみたら・・・

一方で、コロナ禍でストップした仕事の穴を埋めるように始めたのがネットの副業でした。

挑戦してみると思ったよりスラスラ稼げるようになりました。

ゲーム感覚でお金が入る。

だんだんのめり込んでいきました。

右肩骨折で強制終了

ネットの副業にのめり込んでいたある日、私は右肩を骨折して突然右手が使えなくなりました。

パソコンのキーボードが打てなくなり、ネット副業どころではありません。

今にして思えば「見えない力」が働いて強制終了された感じです。

一気に気力が萎えました。

それでも「骨折が治ったら再開しよう」と、ぼーっと考えていた時に、さらなる悲劇がやってきました。

なんと、幼少期から当たり前のように使っていた「直感」の電波がゼロになってしまったのです!

「直感」を失い茫然とする

「直感」を失うというのは、私にとっては、人生をゆるがす一大事でした。

例えるなら、スマホの電波が全て繋がらなくなる感じでです。

なにも頼るものがない一面の砂漠の中にポツンと取り残されたような気持ちになりました。

静寂と絶望・・・。

直感がゼロになってわかったのですが、私は自分が思っている以上に日常的に直感を使い直感と対話していたんですね。

直感なしで、私はいったいこれからどうやって生きていけばいいんだろう?

今さらスマホがない生活に戻れないように、直感のない生活なんて想像もつきません。

しだいに、物理的な肉体の生命エネルギーも消耗していきました。

思考力も体力も低下して、もはや「プチ鬱状態」です。

神社に呼ばれる

そんな時、私のココロに、なにかが語りかけてきました。

「戸隠神社にいって水を飲めば元気になる」というのです。

日に日にそのメッセージが強まっていき、「今すぐ行かなくちゃ!」になり、気がつけば旅の支度を始めていました。

ただわかっているのは、

  • ご神域に最低でも3日間は滞在する
  • 浸るようにご神気を浴びる
  • ご神域の水を飲む
  • 今すぐに行く

それだけです。

宿のあてもないまま、出発日だけはきめました。

旅行中に知ったのですが、私が戸隠にいた日はドラゴンズゲートが開いているタイミングだったようです。

たくさんの神秘体験もありました。

そこで、ご神気のパワーをシャワーのように浴び、私は見違えるように元気になりました。

直感も無事に戻り、全ての邪気が払われて青空のような清々しい気持ちに。

この旅で、人生でやるべきことが決まりました。

私のやるべきことは、ネット副業ではなく、サイキック能力を使って世の中の役に立つことだったようです。

改めてスピリチュアルを学ぶ

神社から帰ってきた私は、改めてスピリチュアルを学ぶことにしました。

中学生の時に自分の手でビシッと閉じた世界です。

今では50代の大人になり、良くも悪くもさまざまな経験を積み、波瀾万丈に揉まれてたくましくなりました。

中学生の時は、自分ではコントロールできないサイキック力が怖かった。

でも今は、違います。

自分の人生のハンドルを握ることができるし、どうやら、私には何かのお役目があるらしい。

「スピリチュアルなお仕事をしていく」と心に決めて、その瞬間を待っていました。

そこに、パワーストーンがやってきました。

守護霊チャネリング(サイキックリーディング)との出会い

そこで出会ったのが、守護霊チャネリング(サイキックリーディング)です。

石(ストーン)が届いた日の衝撃は、今でも忘れません。

石が生きている!石が息をしている!石が語りかける!

石が周波数を調整してくれるので、すんなりとサイキックチャンネルにチューニングできるのです!

しかも、石はポジティブ波動100%で、ネガティブエネルギーを寄せ付けません。

中学生の頃の私が恐れていたネガティブ霊の心配も不要です。

さらに、パワーストーンヒーリングも習得し、その奥深さにハマっていきました。

守護霊チャネリング(サイキックリーディング)全力で向きあう

守護霊チャネリングは、自分の「直感」ではなく、相手のスピリットガイド(=守護霊)に繋がる手法です。

この二つは、似ているようでいて、実は全く違います。

私はこれまでの自己流をやめて、イチから学び直しました。

自分の「直感」を使う手法だと自身の思考が混じりこむ危険がありますが、守護霊チャネリングならその心配がありません。

クライアントのガイドからのメッセージを100%ピュアにお届けできるんですね。

守護霊チャネリングとの出逢いは衝撃でした。

そして、ヒーリングにより、宇宙根源からのパワーを使うことができるようになりました。

守護霊チャネラー&ヒーラーとしての使命

守護霊チャネラー(サイキックリーダー)&ヒーラーになった今、心に強く思うことがあります。

それは「出会った人の人生を幸せにすること

0歳で即死だったかもしれない私が、この年まで生き延びるにはなにかしらの意味があります。

スピリチュアルに敏感であるがゆえに未来が怖かった私が、その力を誰かの幸せな未来のために使うことができる。

人生は本当に不思議ですね。

どんな人の人生も、その人だけの素晴らしい可能性を秘めています。

今も未来も、その人の人生がもっと楽に輝けるように、全力でお手伝いしたい。

それが、守護霊チャネラー&ヒーラーとしての私の使命です。

あなたに会える日を、楽しみにしています。

Chieya(ちえや)

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